日用品系れとろ看板


髪洗ひ「花王シャンプー」 提供:大塚直久さん 花王さんのページへ
花王さんは明治20(1887)年、洋小間物商の長瀬商店として創業。明治23(1890)年発売の「花王石鹸」を中心に発展してきました。お月さまのマークが最初に使われたのも明治23(1890)年でした。この看板のマークは大正14(1925)年から昭和18(1943)年にかけて使われた図案です。「花王シャンプー」は昭和7(1932)年に発売。昭和18(1943)年に月の向きが変更されました。
品質本位「花王石鹸」(青Ver.) 撮影地:岐阜県
品質本位「花王石鹸」(赤Ver.) 撮影地:北海道
「花王石鹸」協力販売店 撮影地:和歌山県
赤地の看板には昭和23(1948)年から昭和28(1953)年にかけて使われたマークが入っています。よって戦後まもなくの看板ということになります。その後、昭和28(1953)年からは現行のマークが使用されています。
COW BRAND「牛乳石鹸」販売店 撮影地:和歌山県 牛乳石鹸共進社さんのページへ
牛乳石鹸共進社さんは明治42(1909)年、共進舎石鹸製造所として創業。昭和3(1928)年、赤い箱の「牛乳石鹸」を発売されました。
旭電化「アデカ石鹸」販売店 撮影地:静岡県 ADEKAさんのページへ
湯桶からあふれる泡立ち。珍しい姿看板です。大正6(1917)年設立の旭電化工業さんは「アデカ」ブランドで化学品事業を展開。平成18(2006)年、社名もADEKAに変更。

品質本位「アデカ石鹸」 撮影地:鳥取県

石鹸は「オンセンマルセル」上原化学 撮影地:秋田県(展示品)

「ニッカ石鹸」日華油脂 撮影地:広島県 J−オイルミルズさんのページへ
日華油脂さんは大正6(1917)年に設立。ホーネンさんの子会社でしたが、更に経営統合されJ−オイルミルズさんの傘下です。

「サンソ石鹸」 撮影地:静岡県(展示品) 京都伏見に工場があった酸水素油脂工業(現・新日本理化)さんのブランドでした。 新日本理化さんのページへ

「ニッサン石鹸」 撮影地:北海道(展示品) NSファーファ・ジャパンさんのページへ
昭和12(1937)年創立、ニッサン石鹸さんの製品です。ニッサンは戦前の日産財閥に由来します。現在はNSファーファ・ジャパンと改称しています。

最高級「ハマナス粉石鹸」 撮影地:北海道(展示品)

煉と粉「仁丹のハミガキ」特約店 撮影地:青森県(展示品) 森下仁丹さんのページへ
「仁丹ハミガキ」は大正11(1922)年発売。ブランド名は変わっていますが、今も森下仁丹さんは歯磨きを発売されています。

「スモカ歯磨」元売捌所 撮影地:秋田県 スモカ歯磨さんのページへ
スモカ歯磨は大正14(1925)年、寿屋(現・サントリー)から発売された歯磨です。「タバコのみの歯磨スモカ」のキャッチフレーズで愛煙家をターゲットにした商品でした。昭和7(1932)年、藤野勝太郎氏が寿屋よりスモカ歯磨部門を譲り受け寿毛加社を設立。現在は社名もスモカ歯磨となっています。

歯磨は「サンスター」シオノギ 撮影地:島根県 サンスターさんのページへ
サンスターさんは昭和7(1923)年、自転車部品の販売店として創業。ゴム糊を入れるのに使っていた金属チューブに歯磨を入れるというアイデアで、昭和21(1946)年に練歯磨剤の製造に進出。昭和23(1948)年から昭和44(1969)年の間は提携先の塩野義製薬さんが販売を担当していました。
「立川ペニシリン」 撮影地:石川県 山崎帝國堂さんのページへ
立川ペニシリンという製薬会社の看板です。ペニシリン配合の歯磨やベビーパウダーを販売していました。現在同社は毒掃丸の山崎帝國堂さんに継承されている模様です。
「ライオン歯磨」ねるまへにも歯を磨け 撮影地:岩手県(展示品) 火の用心・歯の用心「ライオン歯磨」 撮影地:岩手県(展示品)
泡立ちのよい「ライオン石鹸」 撮影地:栃木県 ライオンさんのページへ
明治24(1891)年「小林富次郎商店」として創業。明治28(1895)年に「獅子印ライオン歯磨」を発売。大正8(1919)年に分社し「ライオン歯磨」と「ライオン油脂」として発展。両社が昭和55(1980)年に合併して現在に至ります。丸型の看板は昭和14(1939)年に展開された「寝る前の歯磨1千万人の大運動」の頃のものと推測されます。
ヨクキク「金鳥」 撮影地:(左)山形県、(中)岐阜県、(右)静岡県
大日本除虫菊さんの金鳥シリーズです。左の看板は「金鳥」の文字の下に平仮名で「かとりせんこう」と書かれているバージョンで、線香の煙はありません。中央の看板よりは古いものと推測しています。中央の看板は最も数が多いもので、「かとりせんこう」の文字が無く線香の煙が3本です。右の看板は文字の赤色の部分だけ琺瑯ではなく、ひび割れや剥がれが起きています。
大日本除虫菊さんは明治23(1890)年に世界初の蚊取り線香(当時は棒状)を発明、発売した会社です。その後、社長夫人が着想したという渦巻型蚊取り線香を発明、明治35(1902)年に発売しています。明治43(1910)年には「金鳥」の商標を登録しました。
ヨクキク「キンチョール」 撮影地:(左)青森県、(中)北海道、(右)岡山県
左の看板は、中央の字体になる前のバージョンだと推測しています。「強力殺虫液」と書かれています。中央の看板は最も数が多いもので、「ン」の文字が小さく、字体も変更されています。右の看板は唯一「家庭用殺虫剤」と書かれているもので、文字の赤色部だけ琺瑯ではなく劣化が進んでいます。「殺虫剤」とう表現と「ン」の文字が小さいことから意外に新しい看板なのかもしれません。
殺虫液「キンチョール」が発売されたのは昭和9(1934)年でした。キンチョールがエアゾールになったのは昭和27(1952)年のことです。

「金鳥かとりせんこう」美空ひばりバージョン 撮影地:愛知県(展示品)
「日本の夏、金鳥の夏」美空ひばりさん出演のCMが放送されたのは昭和42(1967)年でした。

ハエとるならば「キンチョール」 撮影地:大分県 大日本除虫菊さんのページへ

虫からお肌を守る「キンチョウスカイローション」 撮影地:静岡県
ポンプ式の虫よけ剤「キンチョウスカイローション」は昭和50(1975)年発売。
強力殺虫剤「フマキラー」 撮影地:山形県 フマキラーさんのページへ
フマキラーさんの前身・大下回春堂は大正13(1924)年広島で創業。専売特許の殺虫剤「強力フマキラー液」を開発し製造販売していました。昭和37(1962)年に社名をフマキラーに変更しています。
「白元」 撮影地:長野県 白元アースさんのページへ 鎌田商会さんが昭和28(1953)年に発売した蛍光染料のブランドです。白元は同社の主力商品となり、昭和47(1972)年には社名も「白元」に改めました。平成26(2014)年に経営破綻し、白元アースさんに事業譲渡されました。
「パラゾール」 撮影地:山梨県(展示品) 白元さん伝統の防虫剤です。
かとり「キング香」 はえとり薬!「ハエナックス」 撮影地:和歌山県
和歌山のキング化学さんの製品でした。キング化学さんは明治18(1885)年に有田市で創業。明治23(1890)年に「帝国除虫園」という会社になりました。その後、大正10(1921)年に「帝国除虫菊」、昭和23(1948)年に「キング除虫菊工業」、昭和44(1969)年に「キング化学」と社名を変更されています。平成21(2009)年、白元さんと合併しました。
「ライオンかとりせんこう」 撮影地:鹿児島県 「ライオン」 提供:MAX-TIGERさん 撮影地:兵庫県 ライオンケミカルさんのページへ
明治18(1885)年創業、有田市のライオンケミカルさんの製品。大正7(1918)年に「山彦除虫菊」として設立。昭和14(1939)年に合併のため「大同除虫菊」、昭和37(1962)年に「ライオンかとり」と改称しています。昭和48(1973)年からはライオン歯磨の傘下に入りましたが、平成3(1991)年にジョンソンの子会社となり、平成7(1995)年に「ジョンソンケミカル」と改称。平成11(1999)年にジョンソンも株を手放したため、平成13(2001)年には現社名となりました。
「いちかねかとり線香」除蟲粉 撮影地:秋田県(展示品)
看板にある「大正除蟲菊」という会社は昭和14(1939)年に合併して「大同除虫菊」(現:ライオンケミカル)となっていますので、それ以前の看板でしょうか?
「月虎かとりせんこう」 撮影地:長崎県
こちらも有田市の内外除虫菊さんのブランドだったようです。
「純パラダイヤ」 撮影地:群馬県 東京の桂屋ファイングッズさんが発売されている防虫剤です。
悪臭を消す・・・「トイレス」 撮影地:青森県(展示品) 桂屋ファイングッズさんのページへ
こちらは桂屋ファイングッズさんの消臭剤でした。同社は「みやこ染」「白ダイ」の染料でも印象的な琺瑯看板を残しました。
ティシューペーパー「ウララ」 撮影地:福岡県
化粧紙京花・ティシューペーパー「ウララ」 撮影地:福岡県
元祖・他品の三倍もつ「亀の子束子」 撮影地:北海道(展示品) 亀の子束子西尾商店さんのページへ
明治40(1907)年に発明された束子です。大正4(1915)年に特許取得。「亀の子束子」は登録商標ですが、今ではタワシ一般を差す名前のように使われていますね。この看板は昭和26(1951)年に製作されました。
「加美乃素」 提供:おおちゃん 昭和7(1932)年発売、育毛剤の先駆けです。 加美乃素本舗さんのページへ
整髪の王座「ケンシポマード」 撮影地:長野県
精香舎というメーカーが販売していた植物性油脂の整髪料です。大正時代に発売され、昭和に入っても人気を博しました。
「庄慶ポマード・庄慶香油」 撮影地:青森県(展示品) ショーケーさんのページへ
庄慶商店さんは大正2(1913)年創業。仙台を地盤とする化粧品メーカーさんでした。平成15(2003)年をもって化粧品事業からは撤退。現在は不動産事業を営まれています。
フランス生れの日本育ち「メナード」級化粧品 撮影地:青森県(展示品) 日本メナード化粧品さんのページへ
「クレオパトラ化粧品」 撮影地:青森県(展示品) 大阪にあった明化産業さんの製品でしたが、平成28(2016)年に倒産してしまいました。
くすり湯「中将湯温泉」(白Ver.) 撮影地:富山県
薬湯「中将湯温泉」(赤Ver.) 撮影地:愛知県 ツムラさんのページへ
津村順天堂(現:ツムラ)さんが明治33(1900)年に発売した入浴剤です。婦人薬「中将湯」の製造過程で出た生薬の余りを活用したもので、全国の銭湯に販売されました。従来の名を捨て「中将湯」と改名する銭湯も多かったようで当時の人気ぶりが伺えます。現在、ツムラの入浴剤事業はバスクリンさんに引き継がれています。

浴剤「草津温泉湯の素」特約店 撮影地:長野県

白毛・赤毛染に 水でといて・すぐ染る「ワカガミ」粉末一品 全国薬店にあり 撮影地:徳島県

「レートクレーム」 撮影地:長野県 レートクレームとは平尾賛平商店が販売していたクリームの名前です。同社は明治11(1878)年、東京で創業。戦前までは「東のレート、西のクラブ」と言われたそうで化粧品の2大メーカーでした。残念ながら昭和29(1954)年に倒産してしまいました。

葉緑素入「あせ知らず」赤ウチワ印 撮影地:秋田県(展示品) 紀陽除虫菊さんのページへ
てんか粉(ベビーパウダー)のブランドです。現在も「新あせ知らず」という製品が紀陽除虫菊さんから発売されています。

「歌麿ちり紙」特約店 撮影地:秋田県(展示品)

ノビツキ一等「ウテナ水白粉」 撮影地:広島県
いろ・香り一等「ウテナ粉白粉」 撮影地:青森県(展示品)
色白くなる「ウテナクリーム」 撮影地:大分県(展示品) ウテナさんのページへ

御料「御園白粉」 撮影地:広島県 伊東胡蝶園(後のパピリオ)さんの製品


参考文献:ポッププロジェクト編「広告キャラクター大博物館」日本文芸社刊
「れとろ看板写真館」本館に戻る 2024年3月3日(「パラゾール」「サンソ石鹸」「トイレス」「ウテナクリーム」追加「アデカ石鹸」画像更新)